「まず自社の業務でどう使えるか、ユースケースを洗い出しましょう」——生成AI活用の解説は判で押したようにこう言いますが、その洗い出しのやり方自体は、なぜかあまり説明されません。結果、推進担当が「活用事例100選」のような記事を眺めて、自社に当てはまりそうなものを探す——うまくいかない典型です。

先に要点を言うと、ユースケースは事例集から探すのではなく、自社の業務から掘るものです。他社事例は「AIに何ができるか」の辞書としては有効ですが、定着するユースケースの条件は「AIができること」ではなく「自社のその業務で、その人たちが、続けられること」だからです。この記事では、掘り方と絞り方の実務手順を解説します。

ユースケース特定の前に、自社の段階を30秒で判定する →

手順の全体像

  1. 1対象部門を1つ決める
  2. 2業務を書き出す(棚卸し)
  3. 3AI向きの業務に印を付ける
  4. 4最初の3つに絞る
  5. 5型を作って試す

ポイントは、全社を一度にやらないことです。部門を絞れば棚卸しは半日で終わり、絞らなければ永遠に終わりません。最初の部門の選び方は生成AIの社内展開の進め方で解説している通り、成功が伝播しやすい部門が第一候補です。

棚卸しワークショップの進め方(90分の型)

「棚卸しをしましょう」で解散すると、たいてい何も出てきません。その場でやりきる90分の会として設計してください。

事前準備

  • 対象部門から2〜3名(若手1・中堅1・可能なら管理職1)に声をかける
  • 参加者には「AIの知識は不要。普段の仕事を書き出すだけ」と伝える
  • ホワイトボードか共有ドキュメントを1枚用意する。事前資料は作らない

参加者を増やしすぎないことが重要です。10名の会議にすると、発言しない人が生まれ、出てくる業務が代表者の担当に偏ります。

当日の流れ

時間やること
0–10分目的の共有(「AI導入を決める会ではなく、業務を洗い出す会」と明示)
10–40分各自が黙って業務を書き出す(議論しない。量を出す)
40–60分全員で読み上げ、工程の粒度まで割る
60–80分4条件で印を付ける
80–90分上位候補を3つ選び、次回までの宿題を決める

10〜40分を黙って書く時間にするのが要点です。いきなり議論を始めると、声の大きい人の業務ばかりが残ります。

アウトプットの形

出すのは立派な資料ではなく、工程名・担当者数・頻度・4条件の印が並んだ一覧1枚です。この1枚が、この後の教育設計にも効果測定にも使い回せます。

業務棚卸しの簡易なやり方

重厚な業務分析は不要です。対象部門のメンバー2〜3名に集まってもらい、次の2つの軸で普段の業務を書き出します。

  • 繰り返しの頻度——毎日・毎週やっている業務か、たまにしかない業務か
  • 文章・情報の加工度——読む・書く・要約する・調べる・変換する、が含まれる業務か

この2軸で「頻度が高く、文章・情報の加工を含む業務」を挙げていくと、候補は自然に20〜30個出てきます。ここで大事なのは、業務名(「営業事務」)ではなく工程名(「受注後の注文内容の確認メール作成」)の粒度まで割ることです。ユースケースは業務ではなく工程に宿ります。

「工程の粒度まで割る」とは(実例)

ここが最もつまずくところなので、割り方を具体的に示します。左が棚卸しで最初に出てくる書き方、右が使える粒度です。

最初に出てくる書き方工程の粒度に割ったもの
営業事務受注後の確認メール作成 / 見積書の初稿作成 / 週次の受注一覧の整形
採用業務求人票の下書き / 応募者への返信文作成 / 面接メモの構造化
経理経費規程の問い合わせへの一次回答 / 月次報告コメントの下書き
顧客対応問い合わせ内容の分類 / 回答文の下書き / 対応履歴の要約
教育・研修手順書の下書き / 既存マニュアルの要約 / 新人向けFAQの作成

見分け方は、「その工程の入力と出力を1文で言えるか」です。「営業事務」は言えませんが、「受注データを入力すると確認メールの下書きが出る」なら言えます。1文で言えたら、それはユースケースの候補です。

AI向きの業務を見分ける4条件

出てきた候補に、次の4条件で印を付けます。

AI向きの工程の条件
  • 入力がテキストや定型情報である(紙・口頭・暗黙知が入口の工程は後回し)
  • 「正解の幅」がある(一言一句の正確さより、たたき台の速さが価値になる)
  • 人が最終確認する前提を置ける(生成物をそのまま外に出さない工程)
  • 担当者自身が「面倒だ」と感じている

4つ目は技術条件ではありませんが、定着には最も効きます。担当者が楽になりたい工程は、ツールの使い方を自分から覚えます。逆に、本人が価値を感じている工程(こだわりのある提案の核心部分など)をAIに置き換える提案は、正しくても抵抗に遭います。ここを外すと、ツールは配ったのに使われないという結果になります(その構造は生成AIを導入したのに社内で使われない――定着しない5つの原因と対処の順番で解説しています)。

部門別・どこを掘ると出てきやすいか

棚卸しの場で「何も思いつかない」と止まったときの呼び水として、部門ごとに出やすい工程を挙げます。これは事例集ではなく、質問の切り口として使ってください。

営業・マーケティング

商談前の企業調査、提案書の構成案、商談メモの構造化、フォローメールの下書き、失注理由の分類。入口がテキストで、下書きの速さが価値になる工程が多く、最も候補が出やすい部門です(詳細は営業部門の生成AI活用)。

管理部門・バックオフィス

規程やマニュアルの下書き、社内問い合わせへの一次回答、定型文書の作成、長い資料の要約、議事録の整形。「読む・書く」が業務の大半を占めるため、実は最も向いている部門ですが、地味なので後回しにされがちです。ただし部門によって入れてはいけない情報の線が違うので、経理であれば経理部門の生成AI活用で禁止情報の切り分けを先に確認してください。

カスタマーサポート

問い合わせ内容の分類、回答文の下書き、FAQ候補の抽出、対応履歴の要約。ただし顧客に直接出す文面は確認工程を必ず挟む設計が前提になります。着手順の組み方はカスタマーサポートの生成AI導入で詳しく解説しています。

開発・技術

仕様書の下書き、調査とその要約、テストケースの洗い出し、コードの説明文。既に個人単位で使われていることが多い部門なので、新規に探すより「誰がすでに使っているか」を聞くほうが早いです。

製造・現場・店舗

日報の要約、手順書の下書き、教育資料の作成、シフト表の原案。ただし入口が紙・口頭・現場作業である工程はAIの手前で止まるため、まずテキスト化の課題として扱うのが正しい見立てです。工程の具体例は製造業の生成AI活用、本部と店舗で役割が分かれる場合は小売チェーン店の生成AI活用を参照してください。

「最初の3つ」に絞る基準

印が付いた候補から、最初に取り組む3つを選びます。基準は次の順です。

優先基準理由
1. 対象者が多い工程部門の大半が関わる工程なら、型1つで全員に成功体験を配れる
2. 効果が観測しやすい工程時間・件数の変化が見える工程は、後の効果測定と経営報告に使える
3. 失敗しても顧客に影響しない工程社内向け・下書き段階の工程なら、品質の揺らぎを許容して試せる

3つに絞る理由は集中です。5個10個を同時に始めると、型作りもフォローも薄まり、どれも中途半端に終わります。3つで成功体験と型ができれば、4つ目以降は現場から「この業務でも使えないか」と挙がってくるようになり、推進の重心が「押す」から「捌く」に変わります。ここまで来れば、展開は軌道に乗っています。

絞った3つの効果をどう測るかは、着手前に決めておいてください(AI活用の効果測定のやり方を参照)。ビフォーの記録は、この段階でしか取れません。

部門ヒアリングの質問例

棚卸しの場で使える質問を挙げておきます。「AIで何がしたいですか」と聞いても答えは出ません。業務の実態を聞いてください。

  • 「毎週必ずやっている作業で、一番時間を取られているものは何ですか」
  • 「誰かに下書きを作ってもらえたら助かる文書はありますか」
  • 「読むのに時間がかかる資料・メール・議事録はどれですか」
  • 「新人に教えるのが大変な作業は何ですか」(型化しやすい工程のサインです)

絞った3つを試す最初の2週間

ユースケースを決めたら、そこから先が本番です。候補リストを作って満足して終わるのが最も多い脱落点なので、2週間の型を示します。

1週目:型を作る

3つのうち1つを選び、推進担当と現場の担当者1名で指示文の型を作ります。作るのは完璧なものではなく、その工程で7割の出来になるものです。

このとき、成功した指示文だけでなくうまくいかなかった指示文とその理由も記録してください。次の人が同じ壁で止まるのを防げます。

2週目:2〜3人で試す

作った型を、同じ工程を担当している2〜3人に渡して実務で使ってもらいます。ここで見るのは効果ではなく、型がそのまま使えるかどうかです。「毎回ここを直している」という箇所が出たら、型に反映します。

2週間後に判断すること

  • 型を使えば7割の出来になるか(ならないなら工程の選定を見直す)
  • 使った人が「次も使う」と言うか(言わないなら、その工程は本人にとって面倒ではなかった)
  • 残り2つの工程に進めるか

ここで止まった場合、原因は工程選びにあります。 ツールでも教育でもないので、棚卸しの一覧に戻って別の候補を選び直してください。

他社事例の正しい使い方

事例集が無意味なわけではありません。使う順番が逆だと機能しないだけです。

自社の工程リストを持った状態で事例を読むと、「うちのあの工程と同じだ」という照合ができます。逆に、リストがない状態で事例から入ると、自社に存在しない業務の事例に振り回され、「うちは特殊だから使えない」という結論に着地します。

事例を読むときに見るべきは、成果の数字ではなく「どの工程を、どう分担したか」です。数字は前提条件(企業規模、元の業務量、投入した工数)が違えば再現しません。分担の設計だけが移植できます。

照合に使う業種別の記事

棚卸しの一覧ができた後の照合用に、業種ごとの工程と落とし穴をまとめた記事を用意しています。先に読むのではなく、自社の工程リストを持った状態で開いてください。

業種最初に当たる工程と論点
製造業手順書・不具合報告・技能伝承
建設業現場と本社の分断を書類業務から埋める
物流・運送業配車調整・荷主対応・点呼記録
医療機関予約対応と文書作成から始める順番
介護事業所記録・申し送りと、踏み越えてはいけない境界線
士業事務所守秘義務と資格業務の境界線
不動産会社物件紹介文・反響対応・重説準備
小売チェーン店本部と店舗で役割を分ける
自治体庁内文書・住民対応と調達の壁

業種が違っても、入口がテキストで・繰り返しがあり・人が最終確認するという4条件の当たり方は同じです。自業種の記事が無い場合は、業務の形が近い業種を読んでください。

動画で見る:長い資料を読む前に要点だけ掴む(無料AI講座) →

ユースケースが「見つからない」と言われたとき

部門から「うちにはAIで効率化できる業務がない」と返ってきた場合、たいてい次のどれかです。

実際に起きていること対処
入口の情報が非テキスト(紙・電話・現場作業)AIより先にテキスト化・デジタル化の課題として扱う。展開順を後ろにする
業務名の粒度で考えている(「経理」「営業事務」)工程の粒度まで割る質問に切り替える
AIができることを知らない部門別の切り口(前節)を呼び水として提示する
効率化すると自分の仕事が減ると感じている「工程の分担」として語り直す。仕事の置き換えとは言わない
そもそも忙しくて考える時間がない90分の会として時間を確保する。宿題形式にしない

最後の2つは特に多く、そしてAI以前の組織の問題です。ここを技術で解こうとすると失敗します。

特に「効率化すると自分の仕事が減る」という懸念は、正面から否定しても消えません。効くのは、空いた時間を何に使うかを先に示すことです。「この工程を30分短縮して、その分を顧客対応に回してほしい」と具体的に言えるなら、話は分担の設計に戻ります。示せないまま効率化だけを求めると、抵抗は当然の反応になります。

洗い出した後によくある失敗

  • 候補を全部やろうとする——3つに絞る意味がなくなります
  • 型を作らず個人に任せる——各自が試行錯誤し、成果が個人の中に閉じます
  • ビフォーを記録し忘れる——効果測定ができなくなります。着手前しか取れません
  • 推進担当が代わりにやってしまう——現場が自分でできるようにならず、担当者の異動で止まります
  • 3か月で判断しない——続けるか止めるかを決めないまま、静かに立ち消えになります

棚卸しの結果を経営に報告する1枚

推進担当が次に詰まるのが、この結果をどう上に上げるかです。分厚い資料は要りません。次の5列の表1枚で足ります。

書く内容
工程「受注後の確認メール作成」など、入力と出力が1文で言える単位
対象者数その工程を担当している人数(効果の分母になる)
頻度1日◯件/週◯件
現状の所要時間1件あたりの目安(着手前にしか取れない)
判断今期着手/次期/対象外(理由を一言)

この表の価値は、「対象外」の行も残すところにあります。検討したが今回は見送った、という記録があると、後から「なぜあの業務はやらないのか」と問われたときに即答でき、翌期の検討もゼロから始めずに済みます。

数字は概算で構いません。精度より、着手前に記録が存在することが重要です。ここを飛ばすと、3か月後に効果を説明できなくなります。

3つに絞った後の一手を、30秒で確認する →